【雑談】ニューロダイバーシティと発達障害子育て

こんにちは。つみきと造形Neiroの日置です。


先日から「ニューロダイバーシティ」のオンラインゼミに入会し、臨床心理士の村中直人先生と、他のゼミ生との意見交換をしていく予定でいます。
とても勉強になるので、無事修了できた際は、こちらのフォロワーさんとも共有していきたいな、と考えています!

そんな中で、村中さんのツイッターで、めちゃくちゃ刺さったものが在ったので、長くなりますが、書かせてください。


まずお話の大前提として、私が「発達障がい児の子育て会 あんだんて 」を7年近く主催していることをご紹介します。
長男が年中の時から子育てに悩み、発達センターで支援センターで診断をしてもらったことから私の「発達障害児子育て」は始まりました。
「自閉症スペクトラム障害ですね」と言われた時は、ホッとしたことを覚えています。「あなたのせいじゃない」「元々の脳の違い」と言われたからです。そのあとに「一生治らない」と言われましたが、思ったほど絶望してませんでした。

そのあと、仲間づくりが欲しくて、発達障がい児の子育て会あんだんて を設立。今も月一回のお話会や、樋野口こども館にて出張子育て相談を担当させてもらっています。
その会の中で、私は「年長の自閉症スペクトラム障害の母」として得た知識、病院や療育など地域の情報、支援級情報、講演会情報などを皆さんに共有したり、参加者さん同士の交流の場を作っていきました。

息子が成長し、次男も何やら「アヤシイ」と感じつつも今は中学1年生。
思い描いた小学校生活ではなかったけれども、今「発達障害」について携わる人としてモヤモヤ思うことが増えていきました。


話を元に戻して、村中先生の刺さったツイートはこちら。

’未就学児への「療育」と呼ばれているものとニューロダイバーシティ 。逃げてるつもりじゃなかったけれど、やっぱり今までどこかで向き合えていなかったと、今強く感じています。 ひたすらに多数派に近づけようとする価値観は、どれだけよさげな言葉で取り繕ってもやっぱり分かる…’

この言葉が、私がここ数年来感じでいた違和感と見事に合致してしまいました。
発達障がい児の親の会で、「早期療育いいですよ」「支援級いいですよ」と言っていた私が・・・
小3くらいから違和感があったんです。
例えば、「なぜ息子くんが支援級にいるかわからない」と本当にいろんな方に言われます。
その都度、「集団指示が通らないから」「できないことに対する抵抗感がすごくて、ストレスを過剰に感じるから」結果、いきしぶりにつながるから、だから、楽しくマイペースで居られる支援級にいる、と答えていました。

でも見方を変えてみて・・・
少人数クラスなら問題ない、自由登校が認められていればなおよし。
その世界観でもしいきていたなら、息子は「非定型」でもなんでもなかったのでは・・・?と。

療育や特別支援の世間の認識は、「できないところを底上げし、みんなについていく素地を伸ばす」そういう印象でした。
村中先生のおっしゃる「多数派に寄せていくこと」への危機感が私の中に生まれていました。
発達障害児が療育を頑張る姿になんとなく苦しくなり(母親が一生懸命だとより)と、「定型発達が正」というマインドが刷り込まれていくような気がしていました。

そんな気持ちを村中先生はこうツイートしています。


’(療育について)一番の問題は、「その人にとっての自然な状態や、当たり前の感覚」もっと具体的に言うなら、「世界の見え方、聞こえ方、感じ方」が「間違っている」「正しいのはこっち」「人としてあるべき姿ではない」というメッセージを明に暗に、受け取り続けることの弊害を一番危惧しています’


このツイートに続くリプも面白く、当事者からの「自分でも気がついていない(ASD的感覚の鈍麻)ことを定型の方から刷り込まれる感覚がある、自分がわからなくなる」と言ったようなリプがありました。

こんな刺さるツイートを見て、私の数年来のモヤモヤが呼び起こされて、「みんな違ってみんないい」では表現できないこと、それにいちいち立ち止まっていかないと、本当の意味で子育て、教育、保育の現場でいることが恥ずかしいような気持ちになりました。

さらに、ASDが感じる「外部からの刷り込み」に関しては、激しく反省するエピソードがあります。

パニックを起こしていたり、言葉足らずの子どもに向かって、「こういうことだったんだよね?」と正しい認識を刷り込んだり、正しい話術を刷り込んだり(それは当たり前に正しいと思っていた)していたんですよね。家庭内療育の延長線上で。

口達者になった今、口論になった時に言われた言葉。
「お母さんがそういうならそうなんでしょ。」
「多数派がいうならそうと思うしかない。僕がどう言えばよかったのか教えて。そっちの期待通りのことは考えてないけど、そう言えばいいのはわかるから」と言われた時は複雑でした。

果たして、「定型的な発言」「定型的な思考」を教えることは正しかったのか、正しいのか。今この状況で「パフォーマンス的な発言を教える」ことはベストかどうか。

療育的観点、ニューロダイバーシティの観点から見ると、きっちり線を引くことはできないんですよね。

最近私も「あんなに療育がんばる必要なかったな〜」なんてツイートしたことがあったのですが、そのつぶやきにもこんなモヤモヤ全てが含まれていた気がします。

長くなりましたが、NDについてはまたちょこちょこ書きます。

では!

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