自分の時間を持ってねと言われても釈然としなかった子育て【雑談】

こんにちは、積み木の教室Neiroです

ここ数日で背が伸びた長男。ついに越されてしまったかもしれない…
優しい長男は、きっと取っ組み合いの喧嘩なんて幼稚園来したことがなく、
何を聞いても「ふーん。そう。へぇー」の三段活用。

気のない返事だな〜(苦笑)と思うのですが、
おそらく…「その話題に興味がない」「反対意見はあるけどめんどくさくなるからこれでいいや」
「何をいうべきかわからない。何かいうべきなんだろうけど」

という思考の末の、この言葉。
無視されたり、「興味ない!」とバッサリ言われるマシか。と思ってやり過ごしています 笑

ところで、こんなぼんやり長男もかつては、癇癪玉でした。
それはそれは大変で、私も街中で泣き出してしまいたくなるくらい、限界状態で過ごしていました。

そんな時、いろんな人に「自分の時間を持ってね」「子供と離れて過ごしてね」と言われて来ました。
割と、すぐ頼める親が近くにいたので、遠慮なく、一人時間を過ごしていたのですが、それでもやっぱり、

ずっと気は晴れなかった。

よく聞く話ですが、結局離れていても、子どものことで悩んでいるし、思い出しているし、家に帰れば同じ生活が待っているんだと思うと、「早く帰ってあれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」って考えてしまってました。

それから、「一人時間を持ってね」と言われても「う〜ん、いいや、大丈夫」っていう感じで、
リフレッシュ方法として考えていませんでした。

今更ですがその時のことを思い返しています…

結局、子どもの困り感は自分の困り感、子どもの評価は自分の評価、子どもの課題は自分の課題

こんな風に思っていたんだろうな、と思います。
自分の課題だからこそ、乗り越えなくちゃいけないし、解決策を講じなくちゃいけない。
リフレッシュしてたってその課題は無くならないし…と「真面目なママほど根詰める」ってこういうところに繋がってるんじゃないかな。

やはり、子どもと自分が別の人間なんだと思うこと、
子どもの人生は子どもが生きているんだと心から信じることができれば
少しだけ、前向きになれる気がするのです。

私はというと、やはり親として心配するべきところはしっかり心配していますが、
当時よりは、割と分離ができていると思います。
分離は放任とは違います。道をあやまればきちんと指摘してあげなくちゃいけないし
時には提案だって必要。

でも決めるのは子ども本人。
そんな風にだんだんと、親育てしてもらった気がします。

先ほど、ちょっと気に入ったフレーズをインスタグラムで見つけました。


「それなりに育つ」

それなりってなんじゃい!って思うかもしれない。でもそれって
「それなり」じゃダメだって知らず知らずのうちに、子どもに目標値を定めてるからじゃない?

それなり、ってなんとなく、「まぁ平均くらいには」みたいなイメージあるけど、
それなりは、「その子なり」なんだと思う!

主語は子ども!
その子なりの人生を歩めますように、こんな風に思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。