クラウドファンディングの中のエピソード…実は…

こんにちは、Neiroです。

クラウドファンディングの本文の中で書かせていただいたエピソードについて、少し話したいなぁと思います。

うちの次男は5才のころ、アトリエに入会しました。

たった1年でしたが、創造共育にふれ、

「僕ってなんでもできるよ」と言ってました。
(退会した理由は、『積み木だけしたいから』苦笑)

年長の終わり頃から、勉強的なものもすごく興味が湧いて、
それこそかずの木のサイコロ遊びはよく楽しんでいました。

が、入学して、3ヶ月で「やめる!」と。
(結局夏休み前には完全不登校になっていました)

なんでも先生の言う通りにしなくちゃいけない学校が嫌
理由もないのに「こうだから」が嫌
非合理的で、納得できないことだらけ!
と…

次男の頑固っぷりがこの頃から頭角を表します・・・笑

もともと、人が思いつかないような遊びを考えたり、
過集中したり、とにかく創造力豊かだなぁと思っていたのですが、
学校のことになると、本当に絶対譲らず、一度は学校から逃げ出して帰ってきたことがあります。
小さなベランダの小窓に、停めてあった自転車をもってきて、よじ登って部屋に入ってました😓

クラウドファンディングの中にある、『アトリエ』という表記は、
糀谷のわくわく創造アトリエをさしています。(都合上、息子だと言うことを伏せながらの掲載としました)

私はアトリエで、次男の豊かな感性を培っていただいたと思っています。

みんなが右向けと言っても、自分が左と思ったら左を向く勇気を育んでもらいました。

それは人によっては、「社会性が身についてない」と思われるかもしれませんが、
次男含め、このタイプは、『好きなこと』を通じて社会性を育んでいけます。

そもそもですが「社会性なんて育まなくていい」と言う考えも嫌いではないのです☺️

自分の子育ての背景、童具共育の話になると長くなってしまいますが、すべての子に自分軸で生きてほしい。

自分を信じる子になってほしいです。

ではまた!

自分の時間を持ってねと言われても釈然としなかった子育て【雑談】

こんにちは、積み木の教室Neiroです

ここ数日で背が伸びた長男。ついに越されてしまったかもしれない…
優しい長男は、きっと取っ組み合いの喧嘩なんて幼稚園来したことがなく、
何を聞いても「ふーん。そう。へぇー」の三段活用。

気のない返事だな〜(苦笑)と思うのですが、
おそらく…「その話題に興味がない」「反対意見はあるけどめんどくさくなるからこれでいいや」
「何をいうべきかわからない。何かいうべきなんだろうけど」

という思考の末の、この言葉。
無視されたり、「興味ない!」とバッサリ言われるマシか。と思ってやり過ごしています 笑

ところで、こんなぼんやり長男もかつては、癇癪玉でした。
それはそれは大変で、私も街中で泣き出してしまいたくなるくらい、限界状態で過ごしていました。

そんな時、いろんな人に「自分の時間を持ってね」「子供と離れて過ごしてね」と言われて来ました。
割と、すぐ頼める親が近くにいたので、遠慮なく、一人時間を過ごしていたのですが、それでもやっぱり、

ずっと気は晴れなかった。

よく聞く話ですが、結局離れていても、子どものことで悩んでいるし、思い出しているし、家に帰れば同じ生活が待っているんだと思うと、「早く帰ってあれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」って考えてしまってました。

それから、「一人時間を持ってね」と言われても「う〜ん、いいや、大丈夫」っていう感じで、
リフレッシュ方法として考えていませんでした。

今更ですがその時のことを思い返しています…

結局、子どもの困り感は自分の困り感、子どもの評価は自分の評価、子どもの課題は自分の課題

こんな風に思っていたんだろうな、と思います。
自分の課題だからこそ、乗り越えなくちゃいけないし、解決策を講じなくちゃいけない。
リフレッシュしてたってその課題は無くならないし…と「真面目なママほど根詰める」ってこういうところに繋がってるんじゃないかな。

やはり、子どもと自分が別の人間なんだと思うこと、
子どもの人生は子どもが生きているんだと心から信じることができれば
少しだけ、前向きになれる気がするのです。

私はというと、やはり親として心配するべきところはしっかり心配していますが、
当時よりは、割と分離ができていると思います。
分離は放任とは違います。道をあやまればきちんと指摘してあげなくちゃいけないし
時には提案だって必要。

でも決めるのは子ども本人。
そんな風にだんだんと、親育てしてもらった気がします。

先ほど、ちょっと気に入ったフレーズをインスタグラムで見つけました。


「それなりに育つ」

それなりってなんじゃい!って思うかもしれない。でもそれって
「それなり」じゃダメだって知らず知らずのうちに、子どもに目標値を定めてるからじゃない?

それなり、ってなんとなく、「まぁ平均くらいには」みたいなイメージあるけど、
それなりは、「その子なり」なんだと思う!

主語は子ども!
その子なりの人生を歩めますように、こんな風に思います。

【ニューロダイバーシティ】働くオヤジに感銘を受けた話【雑談】

こんにちは!今日は長めの雑談です。

ニューロダイバーシティゼミに入会して1年。

2年目継続の春です♩(過去記事はこちら)

1年経っても、メタ認知が確立していないうちの早期療育については未だ疑問が多いことは変わりません。全員が各々のペースで歩めれば、落ちこぼれも浮きこぼれもないはずなんです。そのための専門性が、教師や幼児教育実践者には求められていると、日増しに思います。

さて、1年経ったゼミの中で、最近Oviceをつかった交流会が盛んです。
ニューロダイバーシティの概念をベースに、ゼミ内でいろんな話題で盛り上がれるのはとても楽しいです。

最近は「就労や企業内でニューロダイバーシティを拡張していく」ためにというテーマで盛り上がり、その中でとっても感動したことがありました。

あるメンバーが「オヤジの会を作って、自分の会社の中にいるちょっと困ってる人を助けながら、ニューロダイバーシティを進めたい」と話してくれました。なんでオヤジの会?と思ったのですが、聞けば「子育てを母親に任せっきりできたから、子どもたちの進む会社や企業が、もう少しだけ優しくなればいいなと思って、そこはオヤジの出番かなと思って」とのこと!

感動です。
そうなんですよ、世の企業の大多数はオヤジで構成されてますもんね。
オヤジたちの認識が変われば、概念ひっくり返るのも簡単だったりします。
社長が変わればガラッと体制変わるのと同じで、こういうのは地道な活動よりもトップダウンが手っ取り早い。

障害に理解を!っていう活動はもう終わり。
あなたも、あなたも、特性あるよ。っていうことで大盛り上がりだったのですが、

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00112/00041/
(「自閉症の特性はみんなにあると示した画期的な研究」)

こんな研究結果があると、タイムリーな記事を発見しました。

私の特性は、過集中。
瞬間湯沸かし器並みに思考を一瞬で深く沈めて、すぐに決断すること。
ひとの機微に敏感で集団の中の役割を見極めること。
そして数学と物理が壊滅的に苦手なこと。(全く理解できない)

苦手なことを底上げする療育っていうのは
つまり私が、数学と物理を人並みに理解すること。
無理だわ…やりたくない。ひっくり返って癇癪を起こしかねません。笑

ではまた!

積み木で子育て④「主体性の伸ばし方」

こんにちは。積み木の教室Neiroです。

昨今話題のキーワード『主体性』
童具創造共育の中でも大切なキーワードだと思っています。

そもそも積み木遊びって「主体的」にならざるを得ない玩具でして…。
積み木は自ら光りませんし、音も出ません、動きません。
子ども自身、自分から手に取り、積み、並べない限り遊べないんですよね。
「主体的になるにはぴったりな玩具」です。

子どもは自ら積み木に手を伸ばし、積んだり並べたり、「やってみたい」という動機に基づいて行動します。
そしてわくわくしながら、あーでもない、こうでもない…途中「やっぱこうしたい!」「いいこと思いついた!」と言ってどんどんひらめいていきますね(このひらめきが止まらない秘訣は童具の基礎知識編でまた書きます)

そして、自分の思い描いた結論にたどり着く、あるいはたどり着かなくとも、
納得の境地に到着します。

この一連のアプローチそのものが『創造活動』

主体性はこの創造活動を繰り返すされることで、育まれていきます。

まとめると…

1 やりたいことをする
2 知りたい!やりたい!という感情のもとに行動する
3 学びを学びと思わない夢中体験をする
4 思い描いた結果、あるいは納得の境地に到達する

この1〜4を繰り返すこと、このアプローチをたくさん体験していることが重要なのです。

天外伺朗氏はこの夢中体験を「フロー状態」と呼んでいます。
ご自身の幼児期、学生時代、この「フロー」に入り込むのが上手だったと
著書『想像力ゆたかな子を育てる』の中で振り返っています。

そうなんです、フローに入ることが上手な子っています!
夢中になるのが上手、それを見つけるのが上手、センサーが敏感に働いている子です。

こういう子は主体的にぐんぐん育っていくように感じます。

主体性を育む方法はたくさんありますが、「好きなこと」からスタートするほうが自然ですし、
知識より、知恵。知恵にたどり着くアプローチをたくさん経験して欲しいと思っています。

主体性とは、何事にも積極的に取り組める快活な子ではなく、
自分の思いを出発点に自分軸で生きること。

これって実は大人にもとっても大切なことなんです。
みんなで創造社会を自分軸で生きましょう♩

積み木で子育て③「創造共育教育、わがままにならない?」

こんにちは。松戸市にある、積み木の教室Neiroです。

最近Instagramなどの投稿を見ていると…「学校いきしぶり」「不登校」「不登園」
そんな言葉を本当によく見かけるようになりました。

我が家も長男は小5から、次男は小1夏休みから不登校。
もう3年目です。
学校に戻そうとしたというよりかは、「家で楽しく学ぶ方法」に悩み、私の気持ちが行ったり来たりをしてますが、
子供はぜーんぜんブレていない。笑

「行かない」「必要を感じない」「好きなことをしていたい」

こんなことを二人とも言います。
そして極め付けが「僕が決めたい」

これです。

この言葉がとっても重いズシーーンときます。

ずっと私が大切にしてきた言葉だからです。

「あなたが決めていいんだよ」
「あなたが選んでいいんだよ」
「自分で決めるんだよ」

小さな頃から、子供たち、特に次男には本当によく言っていました。
なぜ次男か、というと童具創造共育に出会ったのが次男が生まれた直後だったのもあるのですが、
子どもの「自分で!」を大切にしたいと心から思ったから。

みんなが右を向いても左を向いたっていい
あ!こうしてみよう!が大人にとってどんなに馬鹿げていても、実現させてあげたい

童具創造共育の実践をする上でいつだって親は脇役でいようと思っていた私にとって、
「不登校」「不登園」は そうか!そうきたか!
という結果でした 苦笑

こういうと、「その子育て、童具創造共育ってわがままに育ってしまうのでは?」
「子どものいいなりになってるのでは?」と不安になる方もいらっしゃると思います。

見方によってはそうですね。
周りに合わせない、協調生がない、我慢が足りない…
「学校に行くメリット」と真逆をひた走る子育て論に見えるでしょう

しかし面白いことに、このような子は「自分の好きなこと」「やりたいこと」「興味があること」に対しては、
周りに合わせるし、強調するし、我慢するんですよ。
人間って、こういうスキルはもともと持っていて、
それが「集団生活でしか培われない」と思っているのは大人なのではないでしょうか?

・何でもかんでも一定ラインはできるようにする。
・社会に出て困らないようにする(実際どんなことで困るかは子どもには伝わっていないのに)

こんなぼんやりした目標では頑張れないのが子どもなのだと思います。
子どもって、もっとシンプルで、夢中で、真剣で、ひたむきで、がむしゃらで、一生懸命な生き物。

「これをやる!」この気持ちだけでどこまでもいけるんです。

童具創造共育で育つ子は、その根っこが深く深くはっている、素直な子達だと思っています。
わがままに育ってるんじゃなくて、自分にとても正直に生きている、素晴らしい宝物!

保護者の皆さんは大変なこともあるかもしれませんが、
そこはぜひ、お近くのアドバイザーさんや、もちろん私でもOK!
ぜひ、子育てや創造共育のあれこれを話したり、励ましあいながら、みんなで子育てしていけたらいいなぁと思っています。いろんな子育て論や情報、周りの言葉で傷ついたり悩んだりすることもあるかと思いますが、「きっと大丈夫」「そのままでOK!」!

では!(写真はホームスクーリングをはじめた頃)

積み木で子育て②「兄弟で遊び方が違うとき」

こんにちは。

松戸市常盤平 積み木の教室Neiro です。

今日は「兄弟で遊び方が違うとき」についてお話しします。
我が家の場合は、次男の2歳の誕生日に購入しました。
そのとき長男は5歳。これまで積み木遊びにはまったことは一度もなく、
プラレールや、BRIO、図鑑、漢字が大好きな年長さんでした。

積み木を購入した時も、あまり興味を示さず、「ふ〜ん」という感じ。
一方で次男は、長男に一緒に遊ぼう遊ぼうとしつこくするものですから、
長男も若干めんどくさそう…苦笑

でも遊び始めると意外に仲良くやるのですが、やはり取り合いになってしまうんですよね。
兄弟ですので、2倍必要になってくるかと思うのですが、なかなかそうもいかない。

そんなとき、「うまく遊んでるな〜」と思う遊び方ありましたので、ご紹介します。

「家族で出かけたり、遊んだりしたものを再現する」
これが結構うまくいったと思っています。

遊園地に行った、水族館に行った、
運動会を見に行った、などなど。

同じものをイメージしていると、作りたいものにズレがない気がします。


漠然と、電車の駅を作ろうとしたり、線路を作ろうとすると、
「そっちは駅にしないで家にするつもりだったのに!」とか、
「ここには●●線は入ってこない!」とか…(疲)

長男は、歴史も好きでしたので、「ここは占い師が祈祷する場所」とか言われちゃうと、
次男は????ですし、大モメしていました。

ですので、共通の体験に基づいたお話し作り、思い出を振り返ってみるような声かけはどうでしょうか?

「ここにアイスクリーム屋さんがあったよね。」
「ここで転んだよね」と一緒に振り返る感じで、やると、そんなにズレがなく遊べたと思います。

ある程度作り終えたら、各々でカスタマイズしていた感じがします。
よければ実践してみてくださいね。

では、また。


積み木で子育て①『何歳まで遊びますか?』

積み木で子育て①

「何歳まであそびますか?」

この答えは色々あるかと思いますが、うちは小3まで遊びました。
(これからもたまに触ることもあると思います)

たぶん、幼児期にどれだけ、積み木が【心の拠り所】になっているか、によるのかなぁ?と最近思います。

積み木遊びで育んだものはたくさんありますが、
数量感覚とか、立体の認知とか、そういうことよりも、集中力、これです。

深く潜り込んで、試行錯誤。
あぁでもないこうでもないと、考える癖は、積み木で育まれた気がしますね!

夢中になっている時に、
こうしたら?ああしたら?と声をかけたくもなりますが、

頭の中で駆け巡る熱をみようとしてみてください。

私自身、すごく集中しているときは、その仕事(作品)そのものへの気持ちとともに、なんていうか熱が脳内を走り回るような、
冷え固まっていた脳みそに隅から隅まで流れるような感覚です。

そしてそれを、「あ!キタキタキター!」と客観的に感じ取ります。

これが集中とか、フローとか、そういう言葉に表現されるのだろうなぁと感じます。

写真は小1のときのもの。
ピタッと揃えることが好きな子です。(部屋は汚部屋です。)

美しいものを美しいと感じることと、几帳面か、清潔か、は無関係のよう 笑

ではまた

答えのないものに立ち向かうこと

昨今 アクティブラーニングとか流行ってますよね(いやもう流行ってないかも)


答えのない時代に突入、STEAM教育、オルタナティブスクール、探求型学習・・・
実はオルタナティブスクールについては私がアドバイザーを取得した時から興味を持っていたのだけど、もうすっかり乗り遅れてしまいました 苦笑

今まさに子育て真っ最中の皆さんには、ぜひ学校以外の教育方法も勉強して欲しいなと思う一方で、、、
答えのないものに立ち向かうことっていうのはどういうことか、ちょっと自分なりに書いてみようと思います。

皆さんは下記の言葉を知っていますか?
・amazon
・FaceBook
・iphone
・Youtube
・LINE

「知ってるよ!」って声が聞こえてきそうです 苦笑
これら全て約20年前にはなかったものです。
それが今では当たり前のように使われています。
当然ながらyoutuberなんて職業は存在すらしていなかったんです。

そして皆さんのお子さんが成人する頃には、60%が今存在しない職業についていると言われています。
(数値に関しては諸説あります)
この事実に対して、皆さんはどう感じますか?

「まぁそうだよね」と思いますか?
「いやもう少し後なのでは?」と思いますか?

質問を変えます。
20年前になかったものを駆使している皆さんと、そのお子さんが、
何十年も変わらない教育方法で学んでいることに不思議はありませんか?

変わらなきゃ変わらなきゃ、、、と言って変わらず、やり過ごしているのが「学校」です。

そこで学校教育やこどもたちに今求められていることっていうのは
「課題を見つけ、課題を乗り越える力」そうなんです。

正直なところ…課題の見つけ方なんて習ってきませんでした。
課題は先生から提示されいて、それについて乗り越える、っていうのは想定された答えを導くことだったんですよね、私たちって…そりゃぁ現場も慌てます…

積み木に来ている子どもに目をやると、「課題」をどんどん見つけています。
あぁでもないこうでもないと言って、「ここにこんな仕掛けが作れれば」「そのためにはこんな傾斜が必要で」
「あ!あれを使えばいい」「いやこっちの方がいい」
こんな言葉が当たり前に飛び交います。


いいねいいね!それでいいじゃない!って思うのに、
「いやそれは勉強に繋がらない」って言われる方もいらっしゃるようで…。

ほんと〜〜〜〜〜〜にもったいないです!!!(震)

答えが用意されていないことに立ちむかえなくなっている子っていうのは、
答えが間違っていると否定されてきた子です。


決められた答えしか言ってはいけないと、間違うことは悪いことだと思っている子です。

どうすれば正解か、悩んでいる子、失敗したくない子は、性格的に存在するとは思っています。
でも、でも…大人がそうさせてしまっている子も一定数いるのではないでしょうか。



答えがないことを楽しめる、答えを創造していくことを楽しめる
課題に対して、着地点を見つけられる、そんな子が育つようにと、
今流行りの「STEAM教育」ですが、STEMにAが加わったのは最近のこと。
AはARTのA!

ARTこそ、Neiroで創造爆発させる分野です。


ピカソも言っています。
「こどもはみな芸術家だ。
問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」って。

課題を見つけられる子っていうのは、
今集中していることに横からとやかく言われずに過ごしている子です。
課題を乗り越えられる子っていうのは、きっと・・・
なんども失敗しても好きなことには挑戦し続けている子だと思います。
そして内なる自分を成熟させている子です。

ワークショップ中でも、ハッとするほど静かな瞬間があるんですよ。
みんなが集中しすぎて、何も言えなくなる瞬間が。


ほんとに、みんなが愛おしすぎます。

どうか、一呼吸置いて、お子さんの真剣な眼差しを見つめてみてください。
きっと、新たな発見があるはずです^^

ではまた。

スペシャルニーズの回を設定してみて

こんにちは。つみきと造形Neiroの日置です。
4月くらいから、ワークショップの時間を二つに分け、
一つをスペシャルニーズの子育てをするかたの回としました。
実際には、そうでない方もOKなのですが、とにかく、発達にお悩みのご家族が、
気兼ねなく過ごせることを条件に、行っています。

やってみてよかったこと
1 お母さんたちが、ちょっと柔らかい雰囲気
迷惑をかけたらどうしよう・・・という気構えがないせいか、少し柔らかい雰囲気のかたが多い気がしました。
実は、このように枠を分けていなかった時期、参加前にこっそり教えてくださるご家庭が少なくなかったんです。
「ASDなんで、こだわりがあって大丈夫でしょうか?」
「興味がすぐ変わるので、落ち着かない子ですが大丈夫でしょうか?」
こんな感じです。
私の答えはいつだって「問題ないですよ!」の一言なのですが、
それでもやっぱり気にしてしまうのは、他の方の視線だったりしますよね。
ですので、このクラスは、どなたでもご参加いただけますが、
どなた様も、ご理解をお願いしています。
話がずれてしまいましたが、お母さんたちの雰囲気が良くなったことが、私にとって、よかったことの一つです。

2 心の内を話やすい
1につながりますけど、「うちは療育が繋がらなくて〜」など歯に衣着せない会話がぽんっと出てくるところが、私は心地よいです。お母さんが堂々としていられる場所ってとても大切です。

3 周りの子への視線も暖かい
「お互い様」感があるからか、みんなそれぞれの個性をすごく暖かな目で見てくれている気がします。
「個性」は「特性」「障害」と紙一重。受け止められない日もあるでしょう。
だからこそ、一人でも多くの地域の人(大人や支援者)や習い事の先生、保育園の先生、みんなでその子を見ていてあげる必要があると思っています。私も、このクラスに限らず、Neiroに来てくれる子みんなの、これからの育ちや成長、そして積み木ライフを楽しみにしているんです。

やってみてよくなかったこと
今の所思いつきませんね!!横のつながりもできたり、いいことずくめです。

これからも継続します。
今診断される子がとても増えています。発達障害系の漫画も増えていて、認知も広がっていますね。
私から見たら、そんなに困り感あるかなぁ?と思う子も見かけたりもします。


大切なのは、誰が困っているか、です。
早期発見、早期療育とよく言われたものですが、
困っているのは誰か、よく見つめて行ってあげたいな、と常々思っています。

では!

【雑談】ニューロダイバーシティと発達障害子育て

こんにちは。つみきと造形Neiroの日置です。


先日から「ニューロダイバーシティ」のオンラインゼミに入会し、臨床心理士の村中直人先生と、他のゼミ生との意見交換をしていく予定でいます。
とても勉強になるので、無事修了できた際は、こちらのフォロワーさんとも共有していきたいな、と考えています!

そんな中で、村中さんのツイッターで、めちゃくちゃ刺さったものが在ったので、長くなりますが、書かせてください。


まずお話の大前提として、私が「発達障がい児の子育て会 あんだんて 」を7年近く主催していることをご紹介します。
長男が年中の時から子育てに悩み、発達センターで支援センターで診断をしてもらったことから私の「発達障害児子育て」は始まりました。
「自閉症スペクトラム障害ですね」と言われた時は、ホッとしたことを覚えています。「あなたのせいじゃない」「元々の脳の違い」と言われたからです。そのあとに「一生治らない」と言われましたが、思ったほど絶望してませんでした。

そのあと、仲間づくりが欲しくて、発達障がい児の子育て会あんだんて を設立。今も月一回のお話会や、樋野口こども館にて出張子育て相談を担当させてもらっています。
その会の中で、私は「年長の自閉症スペクトラム障害の母」として得た知識、病院や療育など地域の情報、支援級情報、講演会情報などを皆さんに共有したり、参加者さん同士の交流の場を作っていきました。

息子が成長し、次男も何やら「アヤシイ」と感じつつも今は中学1年生。
思い描いた小学校生活ではなかったけれども、今「発達障害」について携わる人としてモヤモヤ思うことが増えていきました。


話を元に戻して、村中先生の刺さったツイートはこちら。

’未就学児への「療育」と呼ばれているものとニューロダイバーシティ 。逃げてるつもりじゃなかったけれど、やっぱり今までどこかで向き合えていなかったと、今強く感じています。 ひたすらに多数派に近づけようとする価値観は、どれだけよさげな言葉で取り繕ってもやっぱり分かる…’

この言葉が、私がここ数年来感じでいた違和感と見事に合致してしまいました。
発達障がい児の親の会で、「早期療育いいですよ」「支援級いいですよ」と言っていた私が・・・
小3くらいから違和感があったんです。
例えば、「なぜ息子くんが支援級にいるかわからない」と本当にいろんな方に言われます。
その都度、「集団指示が通らないから」「できないことに対する抵抗感がすごくて、ストレスを過剰に感じるから」結果、いきしぶりにつながるから、だから、楽しくマイペースで居られる支援級にいる、と答えていました。

でも見方を変えてみて・・・
少人数クラスなら問題ない、自由登校が認められていればなおよし。
その世界観でもしいきていたなら、息子は「非定型」でもなんでもなかったのでは・・・?と。

療育や特別支援の世間の認識は、「できないところを底上げし、みんなについていく素地を伸ばす」そういう印象でした。
村中先生のおっしゃる「多数派に寄せていくこと」への危機感が私の中に生まれていました。
発達障害児が療育を頑張る姿になんとなく苦しくなり(母親が一生懸命だとより)と、「定型発達が正」というマインドが刷り込まれていくような気がしていました。

そんな気持ちを村中先生はこうツイートしています。


’(療育について)一番の問題は、「その人にとっての自然な状態や、当たり前の感覚」もっと具体的に言うなら、「世界の見え方、聞こえ方、感じ方」が「間違っている」「正しいのはこっち」「人としてあるべき姿ではない」というメッセージを明に暗に、受け取り続けることの弊害を一番危惧しています’


このツイートに続くリプも面白く、当事者からの「自分でも気がついていない(ASD的感覚の鈍麻)ことを定型の方から刷り込まれる感覚がある、自分がわからなくなる」と言ったようなリプがありました。

こんな刺さるツイートを見て、私の数年来のモヤモヤが呼び起こされて、「みんな違ってみんないい」では表現できないこと、それにいちいち立ち止まっていかないと、本当の意味で子育て、教育、保育の現場でいることが恥ずかしいような気持ちになりました。

さらに、ASDが感じる「外部からの刷り込み」に関しては、激しく反省するエピソードがあります。

パニックを起こしていたり、言葉足らずの子どもに向かって、「こういうことだったんだよね?」と正しい認識を刷り込んだり、正しい話術を刷り込んだり(それは当たり前に正しいと思っていた)していたんですよね。家庭内療育の延長線上で。

口達者になった今、口論になった時に言われた言葉。
「お母さんがそういうならそうなんでしょ。」
「多数派がいうならそうと思うしかない。僕がどう言えばよかったのか教えて。そっちの期待通りのことは考えてないけど、そう言えばいいのはわかるから」と言われた時は複雑でした。

果たして、「定型的な発言」「定型的な思考」を教えることは正しかったのか、正しいのか。今この状況で「パフォーマンス的な発言を教える」ことはベストかどうか。

療育的観点、ニューロダイバーシティの観点から見ると、きっちり線を引くことはできないんですよね。

最近私も「あんなに療育がんばる必要なかったな〜」なんてツイートしたことがあったのですが、そのつぶやきにもこんなモヤモヤ全てが含まれていた気がします。

長くなりましたが、NDについてはまたちょこちょこ書きます。

では!

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